『文公会報』7月号
―社員研修教育は韓国・中国の現場体験による歴史教育― 日本「人間自然科学研究所」の理事長 小松昭夫 金 顯哲/江南ケーブルTV顧問 東北アジアの平和が21世紀の世界平和の鍵を握っているという共通認識の中で、日・中・韓各国の、「国の事情」の差を理解するための国際シンポジウムが開かれた。3月10日、財団法人人間自然科学研究所(理事長・小松昭夫)の主催により、日本島根県松江市のくにびきメッセ国際会議場で600人あまりが集まる中、盛大に開催された。 シンポジウム開催の動機は小松理事長が、鳥取県米子市崎津地区干拓地(77・8ha)及びその周辺地域に「世界の恒久平和モデル施設」を構築するため、「平和環境健康特別区(@森林石碑干潟公園A戦争犠牲者を記録した祈念大ホールB先端通信映像技術を駆使した平和教育研究施設C『世界の戦争と平和』写真映像祈念館)」申請書を、日本政府(2005年6月23日)に申請したことである。 シンポジウムは各国代表の挨拶から始まった。筆者は韓国の代表者として挨拶した。第一部では「「和譲」の心で平和を」という議題下で、李挺錫(イ・ジョンソク)株式会社環境蘇生EMBC会長からの講演があり、その後、「北東アジアから平和のモデルを」というテーマでパネルディスカッションが開かれた。 討論会には尹鎬重(ユン・ホジュン)学校法人泳條w園監査を含む3人が参加した。中国側は李殿魁(山東省日本学会)会長、劉淑h(山東社会科学院日本経済研究センター)理事、徐文泉(山東社会科学院日本経済研究センター)研究員、日本側はジャーナリストのばばこういち氏、そして小山秀夫・光洋電子株式会社社長が参席し、全体の進行は小谷忠延・人間自然科学研究所研究員が担当。コーディネーターは小松理事長が行った。 パネルディスカッションにてばば氏は第二次世界大戦の際に東京で直接空襲を受けた体験を挙げながら、「日本人は二度も戦争をやらないと誓ったはずなのに、最近になっていつでも武器を持てる雰囲気が高まっています。東京空襲を体験した私としては、再度の戦争は避けなければなりません。核時代の戦争は破滅を意味します。国際的な問題は相互対話を通じて解決していかないといけません。破滅と知りながら明日でも戦争を起こそうとする話をするのは、信じられません」と最近の日本の動向を伝えた。 筆者は「世界強大国の間で犠牲になったのが韓国であり、南北に分断された原因もその筋道で考えてもいいです。ここで過去史を繰り返して見ると、日本にも大きな責任があると思われます。金大中大統領以来、(韓半島の)南北交流が頻繁になったのは事実ですが、実のある交流になっているのかどうかはまだ分かりません。また、日本が韓国・中国をはじめアジア諸国から敵対視されている一番大きい理由は、歴史を歪曲し、ありのままの歴史を教育させていないことにあります。歴史は事実をそのままに伝えるべきであり、記録として残さなければならないのです。その上であやまちを認め、これから二度とそれが起きないようにすることが重要です。正しい歴史教育が日本にとって先行する問題です」と、当面の課題について強力に発言した。 小松理事長は「日本、韓国、北朝鮮、そして中国が世界の大混乱を起こす可能性があり、反対に世界平和に大きく貢献できる重大な役割を果たす可能性もあります」と、北東アジアの問題解決が世界平和に大きく貢献できると主張した。 劉淑h理事は「日中関係は小泉首相の靖国神社参拝、魚釣島(尖閣諸島)問題、教科書問題があります。日中間には『政冷経熱』という言葉がありますが、最近は経冷の現状も水面下に現れています」と心配した。 尹鎬重監査は「(日本と韓国の)両国の若者たちがお互い、相手国の文化に対して理解が足りないと思います。これからは韓国の青少年のため、日本文化が理解できる雑誌を発刊する計画です」と、お互いに相手の文化を理解するのが重要だと強調した。 徐文泉研究員は「まず日中両国は現在の国際社会で自国の地位が高まっていることを認識しなけばならないです。中国の経済力は世界四位にまで上昇しています。これは脅威でなく、むしろ世界各国に利益を与えると思います。日本は政治大国にはなっても、絶対に軍国主義にはなってほしくないです。それが世界平和に貢献することだと思います。これから日本と中国は交流を加速させなければなりません。中国人と日本人はお互いをあまりにも知らないです。首脳対談がなくても、民間レベルで相互交流を拡大していくのが世界平和のために重要です」と発言した。 第二部では「食を通じて世界平和を」と題してアメリカを中心に活動している久司道夫先生の講演があり、パワーポイントを利用しながら説明されたマクロビオティックの食事法ガイドは多くの聴衆に関心をもたせた。世界平和の道を探求してみると、人類の平和を守るためにはバランスが取れた健康食が必要であり、そのために全粒穀物と、季節ごとに採取できる海草と野菜などを食べる食事用法を興味深く紹介し、肉食を避けることが精神的健康とともに穏やかな性格が形成される重要な条件だと話した。シンポジウム後のディナーパーティーではマクロビオティック食を参加者みんなが試食することができた。 筆者はこのシンポジウムの紹介よりさらに、それを主催した小松昭夫理事長の活動を知らせたく、この文書を書く。 約四十年間、放送界で勤めるうちに数多くの日本人(主に放送関係)と縁があったが、小松理事長ほど日韓関係に熱い関心をもち、未来志向的で、友好増進と共同の利益のため熱意をもって活動を展開している人と出会ったのは、初めてである。 小松理事長が経営する小松電機産業は「神々の国」といわれる出雲でベンチャー企業として誕生した。主力商品は、防寒・防暑・防風等の効果があり、工場の作業環境を大幅に改善するシートシャッター「門番」(市場シェア4割)と、インターネット・携帯電話を活用した上下水道施設管理システム「やくも水神」である。「やくも水神」はNTTドコモと提携、インターネット技術を生かし全国約1600ヵ所の上下水道施設で採用されている。 1944年生まれの小松理事長は、企業経営者というより哲学者か思想家臭い印象で、鋭さを兼ね備えた穏やかな人柄をもつ。そのため人から尊敬されるタイプで、「もっとも柔らかいものが、もっとも強い」という老荘思想の言葉が、彼の初印象から感じられた。 小松理事長は戦後、日本がもっとも貧しかった時に少年期を過ごし、家事を手伝うため、自転車で配達仕事までやりながら苦難の歳月の中で成長してきた。その苦難の中でも、彼は心の清らかさを貫いた。その姿には驚くばかりである。 「競争と共生の両立」「企業から事業に」「長期的、多面的、根源的」「中庸の生き方」「山河から還元、そして覚醒、蘇生循環脳」など、彼からは切がないほど言葉が出てくる。「今年が創立三十二周年ですが、今まで一度も赤字運営はやったことがないです。無借金経営で、きちんと儲かっています」と笑った。 1994年、財団法人人間自然科学研究所を設立して今までは、主に自然環境問題に関連した事業を拡大し、国内外の社会問題にも力を注ぎ、平和と健康を加えた事業展開を進めていく構想である。言い換えれば、儲けたお金を社会に還元する意志としての、大きい構想である。 しかし筆者がもっとも彼に関心をもったのは、彼の故郷である島根県が独島(竹島)問題で韓国を糾弾し、反韓国感情が島根の大勢を掴んでいる中で、独島(竹島)の姿のように毅然とした態度で、気ままな世相に左右されず、両国の親善と友好関係のため悩み、その解決策を模索するために努力している部分である。2005年2月22日、島根県が議会議決を受けて「竹島の日」を制定する際にも小松理事長は島根県議会の副議長に、「今はそういう時期ではない」と懸念を見せたという。 小松理事長が韓国に興味を持ち始めたのは二十五年前に仕事の関係で韓国を訪ねた際、日本人という理由でタクシーの中で引きずり出されそうになった事件後からである。韓日両国民双方が、お互いを理解しようとしないためにこのような不祥事が起きたと思い、それから韓国にもっと関心をもち、自分なりに韓日近代史に対する関心と熱意をもって、本を読んだり、人の話や意見を聞いたりするのを怠ってなかったという。 彼は1997年、韓国の独立記念館を訪問、先祖が行った悪行を子孫として痛烈に反省し謝罪する意味で、献花と共に百万円を寄付したことをはじめ、1998年には大韓赤十字社を訪問し北朝鮮の食糧支援金として五百万円を寄付した。 2001年8月には、島根県東部町村長会の韓国独立記念館訪問など歴史探訪のサポート行った。また、2003年には小松電機の社員三十名を引率し西大門刑務所、白凡金九記念館、安重根義士記念館、独立記念館、統一展望台、自由の橋を見学するなど韓国歴史研修を実施しているし、韓国研修を行ってくると皆が韓国マニアになるという。 2005年5月19日には日本の中小企業社長及び社員四十名を江南ケーブルTVスタジオに招待し「日帝植民地政策を背景にした日韓近代史」を、中央大学の金鎬逸(キム・ホイル)先生から講演してもらうと同時に、録画放送した。 現地見学、講演を聴取した彼らは、日本で学んだ歴史教育の内容と相当の違いを感じたし、若い社員の中には涙を流す人もいた。 私は、放送がやるべき仕事は小さいと言われるが、このような役割が重要ではないかと回顧する。筆者は韓国と日本が言葉だけの「近い国」ではなく、真に「近い国」になるためには、一人でも多くの日本人に、韓日歴史専門家が講演する日韓近代史を聴取できるようにするのが効果的だと考える。このような活動はこれからも続けて行う計画である。 小松理事長は日本が韓国に行った悪行を贖罪する気持ちで自分の特許技術を無償提供した。また、彼は日本に韓国より優れた技術があれば躊躇せず、技術協力をするべきだと主張している。 小松理事長は韓国だけでなく2001年5月には「中国人民抗日戦争記念館」を訪問し、献花ならびに趣意書と運営基金としての百万円を寄贈。その年、8月には「第三回訪中文化経済交流団」派遣、棗庄市「台児荘大戦記念館」を訪問・献花した。また、2005年9月には南京大虐殺記念館訪問、献花し、12月6日〜11日まで「ハワイホノルルアリゾナ記念館」を団体訪問。日本の侵略戦争で犠牲になった慰霊に献花し、研修を通じて親善活動を進めていた。 このほかにも1988年に設立した「財団法人人間自然科学研究所」を通じて日中英対訳新版「論語」を出版、孔子の儒教思想を伝播することをはじめ、孔子像と、「孫子兵法」の孫子像を銅像にして、日本と中国の善隣友好を強化するなどの事業も広めている。 現在、この研究所が力点を置いて推進している事業は「平和環境健康特別区」を具現化することである。小松理事長は十数年間の研究・検討の末にこの大プロジェクトの企画書を完成、昨年6月に政府の小泉首相宛に申請書を提出している。小松理事長が一生涯の事業として情熱と心熱を注いでいるこの特別区の建設計画は、韓日の対立と葛藤の時代を清算し、和合と共生の時代を開いていくためのグローバルな大企画である。 これは間違いなく小松理事長の魂の中に刻印されている人類の恒久平和と、その平和を持続可能にするため地球環境と人類の健康を増進させる思想を現実化しようとする、彼の確固たる信念から行われている。 筆者は小松理事長の計画を確認しながら、国家、政府が担うべき人類の大歴史事業を一般の企業人が推進するのが可能なのかどうか半信半疑しているが、今まで生きてきた彼の足跡を考えると十分果たせると信じている。 小松理事長が一生の事業として推進している大企画が、国内外から積極的な反応があり、円滑に、「平和・環境・健康」をキーワードにした世界的な名所になることを祈る。 (完) |
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作成:Yaling Wei |